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組み敷いた肢体は、恍惚に震えていた。
律動に合わせて大きく揺れる、双つの白い丘を眼下に眺め、
龍麻は彼女の享受している快感を共に分かち合おうと抽送を繰りかえす。
ほのかに朱に染まった肌はなまめかしく輝き、汗と香水の混じった蟲惑的な香りと、
思考を霞めさせる熱気を放っていた。
「んッ、あぁ……いいわ、龍麻……ッ」
うわごとのような、その実男を誘うべく巧みに計算された喘ぎに、龍麻は無意識に囚われている。
まるで年上の──常識では計り知れないほど年上のこの女性を、
自分の思うがままにできているかのような錯覚に、骨の髄まで浸かっていることに気付いていないのは、
本人にとって幸福か不幸かはわからないことだった。
「ッ……はぁッ、あ……んっ」
プラチナブロンドの髪を乱し、唇に自らの細い指を食んで悶える女に、
欲望を高められた龍麻はその手を掴み、唇を奪う。
「はッ、ふっ、は……んふっ、う」
呼気をぶつけあいながらも舌を求め合う激しいキスに、胸の奥が赫と燃える。
滑らかな発音で生徒に英語を教える肉厚の舌は、どれだけ交わらせても貪り尽くせない淫らな味だ。
そしてそれ以上に龍麻を虜にしているのが、激しい抽送を受けとめ、倍する快楽を返してくる秘肉だった。
突き入れるごとにうねり、蠕動する媚道を、龍麻は夢中で掻き分けた。
そんな若く、激しい抽送にも、マリアは狂乱したりはしない。
彼女は妖艶、という言葉が代名詞に使えるくらいの美貌を有する女性だが、
それは彼女の氷山の一角に過ぎない。
肉棹を扱(き、男の精を吸い尽くす彼女の淫器を知れば、
淫魔(と呼びたくなってしまうのも無理からぬことだった。
猛る肉棒を受けとめ、媚肉に細やかな収縮を与えて絡めとる。
マリアはもたらされる快楽よりも、龍麻の顔が恍惚に染まっていく方を愉しんでいた。
絶頂に誘おうと懸命に腰を振る男に、巧みに動きを合わせ、追い詰めていく。
エクスタシーは、強い方が良い──強ければ強いほど、味わいが増すというものだから。
「マリア、俺、もう……」
額に汗を浮かべ、龍麻はやや悔しげに限界を告げる。
そう告げるのも本当は辛いほどで、腰は感覚が失せ始め、かろうじて射精を堪えている有様だった。
「フフ……いいわよ」
まだ余裕を感じさせるマリアの声に、男として不甲斐なく思いつつ、
龍麻はこらえていた感覚を一気に解き放った。
何も考えられなくなるほどの快感は、マリアが足を絡めることで一層強くなる。
屹立が感じる熱が、身体全体に広がっていくような感覚。
熱は思考を奪い、力を奪っていく。
ぴったりと密着した腰から、欲望を存分に注いだ龍麻は、
荒い息を吐き出しながら、なぜか性急にマリアから離れようとした。
まだ痺れるような温もりがまとわりつく屹立を抜き、傍らに転がろうとする。
しかし──ほんの数秒だけ快楽を手放せなかったことが、龍麻の運命を決した。
上体を起こそうとする寸前に、シーツを掴んでいたマリアの手が鞭のように伸びる。
「あ……っ」
後悔の叫びを発する間もなく、柔らかな膨らみが胸をくすぐる。
その心地良さに龍麻は溺れ、もがいたが、
両腕と両足をしっかりと巻きつかせるマリアの力は、その優美な身体からは想像もできないほど強い。
火照った肌は密着度を増し、ますます溺れていく龍麻の、首筋に鋭い痛みが走った。
「……ッ」
頭の奥に針を打たれたような痛みは、だが一瞬で消える。
「マ……リア……」
名を呼ぶと、それに呼応するように首筋からの甘い愉悦が全身に広がっていく。
抗う力は既にない──あったとしても、これほどの快楽に抗うことができるのは、聖者くらいだろう。
赤子のように吸いつくマリアの金髪を意識の残像に留めながら、龍麻は気を失った。
生命と引きかえの危険な快楽は、セックスよりも長い間続く。
マリアは獲物が苦悶と快楽の狭間でのたうつのを愉しみとする、サディスティックな捕食者なのだ。
呼吸よりもゆっくりと牙を沈め、血を啜る。
龍麻の荒い呼吸が、徐々に弱くなっていくのが牙を通して伝わってくる。
愛しさと興奮と恍惚とを同時に感じ、マリアは龍麻にやや遅れて深いエクスタシーを迎えた。
目を覚ました龍麻は、一人ベッドに寝ていた。
起き上がるのも辛いほどの気だるさに、そのまま心地良いシーツの海に溺れようかと思ったが、
学校があることを思いだして身体を起こす。
友人と違い、龍麻は遅刻したからといって学校を休むような自堕落なことはしないし、
体調が多少悪いくらいでも学校には行く主義だった。
それでも、今日は特に身体が重い。
その原因がある部分に手を当てた龍麻は、昨日はどれだけの血を喪ったのだろうかと考えようとしたが、
頭は一向に目覚める気配がないので、諦めて寝室を出た。
「遅いのね、早くしないと遅刻するわよ」
テーブルの上で新聞を広げていたマリアが、少しきつめの挨拶をよこす。
彼女は既に衣服を整え、学校へ行くばかりの格好で、
早く起きたのなら朝食の用意くらいしてくれてもいいのに、と龍麻は恨めしげにマリアを見た。
しかしそれを言葉にして、言い争いになって時間を浪費するのも馬鹿馬鹿しいので
無言で自分の分のパンを焼く。
焼きあがるのを待っている間に、自分とマリアの分の紅茶を淹れた。
自分は昨日さんざん栄養を摂取したものだから、紅茶一杯でも充分のマリアは、
朝から血色の悪い龍麻の顔を全く他人顔で見ている。
あえて視線を合わせないようにした龍麻は、焼きあがったパンに蜂蜜を塗り、
二口かじってから、ようやく彼女と目を合わせた。
白を基調に、金と紅、それに蒼を添えるとできあがるマリアの眉目は、
真正面から見つめるだけで呼吸が乱れるので、うかつにこんな近距離で見てしまうのは危険なのだ。
構えていたにも関わらず、少し動悸が早まるのを感じた龍麻は、軽く胸を叩いてから話しかけた。
「お願いですから、あの後に血を吸うの止めてくれませんか」
「あの後って、どの後?」
とぼけて訊ねかえすマリアに、イッた後だと言いかけた龍麻は、
朝に交わす会話にしてはあまりに品がないことに気付いて思いとどまった。
吸いこんだ息を使うことなく吐き出し、落ちつこうと紅茶を飲む。
琥珀色の液体には精神を落ちつかせる効用があるはずだったが、
「仕方ないでしょう、ワタシは吸血鬼(なのだから」
ここまで開き直られてはどうしようもなかった。
ティーカップを握る指に力が篭る。
これが力を入れにくいティーカップでなくて、コップか湯のみだったら、
きっと粉々に砕いてしまっただろう。
「それに、アナタだって気持ちいいでしょう?」
「そういう問題じゃなくてですね」
上(と下(から精を吸われるのは、普通の人間にとっては死に直結する行為なのだ──
と言いかけて、また龍麻は品がないと思い口をつぐんだ。
これ以上話したところでらちが開かないので、残りのパンを一気に食べ、紅茶で流しこむ。
「そういう食べ方は感心しないわね」
変なところで行儀にうるさい同居人を無視して、龍麻は学校へ行く用意を整えるために立ちあがった。
マリアが驚き、反省してくれるかもしれないとわずかな期待をこめて少し荒っぽく。
「あら、行くの? 一時間目はワタシの授業だから、黒板をきれいにしておいて」
龍麻は答えずに出ていった。
黒板を拭きながら、龍麻は考える。
このままでは本当に精気を吸い尽くされて若死にしかねないので、
本気で対策を講じなければならない。
と言っても、それ自体を止めるわけにはいかない。
拒むとマリアは恐ろしく不機嫌になるので、吸血どころではすまない事態が訪れるかもしれないし、
龍麻も恥ずかしながらそれが嫌いなわけではないのだ。
ただ、直後(に吸うのを止めてくれれば良い。
しかしたったそれだけのことを、マリアは聞いてくれない。
何百年も生きているにしてはそのわがままさに呆れるしかないのだが、
この現代日本にひっそりと生息する吸血鬼は己の欲望をいささかもこらえようとしないのだ。
一人暮しの龍麻を強引に自分の家に住まわせ、そこから学校に通わせることに始まり、
次に家事全般、更に相伴と称して未成年者に酒を飲ませ、挙句夜はほとんどベッドの上で過ごさせるのだ。
特に最後のひとつが龍麻には辛い。
はじめのうちこそ愛情と性欲を分ける必要もなく、疲労はそのまま幸福に置きかえられたのだが、
マリアの尽きぬ要求にほどなく身体が悲鳴を上げた。
空が黄色く見えるのを龍麻が知ったのは、彼女と暮らし始めて一月が過ぎた頃だ。
そこまでなら誰かに話しても単なるのろけ(で終わる艶談だが、
ある日のこと、今日はもうこれで終わりになると良いな、
と三度目の射精を迎えた龍麻に、悲劇は突然訪れた。
「痛……?」
達した直後にしては、やけに醒めた瞳でこちらを見ていたマリアが、首筋に唇を寄せる。
年上の女性の甘えた仕種に幸福を噛み締めていた龍麻は、小さな、鋭い痛みを感じた。
いくら幸福でも本当に噛むのは勘弁して欲しい、とこの期に及んで馬鹿なことを考える龍麻から、
マリアは容赦なく血を吸ったのだ。
「うぁ……」
彼女が吸血鬼だということは聞かされていたが、これまでは吸血もされず、
欲しそうな素振りも見せなかったので、そういうものだと思っていたのだ。
しかしそれは、自分を油断させるための巧妙な罠だったのだと、
薄れゆく意識の中で龍麻は痛感させられたのだった。
以来マリアは、堰を切ったように血を欲した。
彼女曰く、龍麻の血は永く生きてきた中でも最も美味らしいが、
それが褒め言葉なのかどうか龍麻にはわからない。
わかるのは、吸血鬼に自分から血を差し出すという人間がいるという映画などの描写は、
それほど間違っていなかったのだということだけだった。
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